問題文を違う意味に捉えることもある娘。

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こんばんは,

発達がゆっくりな娘をもつ,ゆっくりっ子ママです。

 

1学期のこと,私は,ある1枚の理科のプリントをみて,気になったところがありました。

娘は,そのプリントの1つの問題を全て間違った答えにしていました。

その問題とは,モンシロチョウの育つようすを表した4つのイラストがあり,その時期の名前を記入するという問題です。

それぞれの正解は,たまご,よう虫,さなぎ,せい虫です。

あれ?娘にとって,格別難しい問題ではないはずなんだけどな…。

問題集でもきちんと解けていたし。

4問全て不正解なのは,なぜ?

不思議に思い,娘にたずねてみました。

ママ:「あれ?この問題って,答え分かっていたんじゃないの?最初何て答え書いたの?」

娘:「春,夏,秋,冬って季節を書いた。」

ママ:「季節を書いたの?なんで?」

娘:「時期の名前って問題に書いてあったから。さなぎだったら,さなぎになる季節を書くのかと思ったから,季節を4つ書いたの。」

ママ:「季節を書くと思ったんだ。でも,学校で詳しくさなぎになる季節って習ったの?」

娘:「習ってない。こんな難しい問題があるのかと,ちょっとおかしいと思ったけど,頑張って答えを考えた。たまごとか答え分かっていたのに,悔しい。」

こんなやりとりがありました。

娘は,時期の名前を書くのをそのすがたになる季節を書くのと,間違って解釈したということでしょう。

正しくは,季節を問う問題の場合,漢字で書くと,「時期」ではなく,「時季」という漢字になるのかと。

熟語の使い分けはまだ学習していないので,今の娘は,時期と時季の違いを理解できていないと思います。

娘の話を聞くと,答えに季節を書くということは,考えられなくもないというか,ありえるのかもしれないと感じました。

ただ,季節の答えを書くと思っても,途中で季節の答えを書くのはちょっとおかしいと気づいてほしかったなというのが,私の正直な気持ちです。

問題文の意味が分かっていれば,解けたであろう問題なので。

「イラストの様子を表している名前を書きましょう。」などという問題文であれば,きっと娘は正しい答えを書くことができたと思われます。

 

そんな時に夏休みに入った7月下旬に,娘の学校で個人懇談がありました。

そこで,上記の理科のプリントの話題になりました。

答えに季節を書いていたのは,クラスで娘だけだったとの話がありました。

普通に考えたら,季節を問う問題のはずがないと思い返し,間違った答えに気づくのではないかと。

「もし,問題文の意味が少し分からないのなら,質問してほしいです。テストであれば,もちろん答えられる範囲になりますが。本人にも,そう伝えてください。」

とのお話がありました。

 

上記の旨を,定期的に診ていただいている発達外来の先生に伝えました。

先生:「発想がおもしろい。ユニークですね。クラスで一人しかしない解釈をするということは,将来とんでもない発想を思いつくことにつながるかもしれないですよ。そういう発想をしたことはきちんと評価してあげてください。ほめてあげてください。」

ママ:「学校の先生からは,問題文の意味が分からなければ質問してねと言われました。」

先生:「本人は,そういう解釈をしたことを間違っている,ちょっとおかしいとは感じないんですよ,思わないんですよ。だから,質問してくださいというのも,ちょっと難しいかもしれませんね。」

私は,その時にはっとしました。

そうか,娘は,そういう解釈をしたことを少し違うと感じないということなのか。

たしかに,自分でおかしいなと感じなければ,質問もしませんよね。

これが,娘の特性でもあるんだなと,そこで理解したように思います。

続けて,先生はこう話していました。

先生:「私なら,正解にするかも。季節がきちんと合っていれば丸にしたいものですね。一緒にモンシロチョウの育つ時季を調べてもおもしろいかもしれないね。」

 

これまでは,「この問題はそんな意味じゃないでしょ。」と,頭ごなしに否定してきました。

「そういうふうな考え方もあるんだね。知らなかったよ。でも,こういうふうに考えてみるのもどうかな。」

と,一度は娘の解釈を評価してから,問題文の意味を説明してみてもいいのかなと思いました。

しかし,実際のところ,なかなかほめることも難しいと感じました。

頭では分かっているものの,そういった場面になると,つい感情的になりそうです(>_<)

問題文の内容を違う意味に捉えなければ,正解していた問題かもしれないと思ったら,余計に…。

テストでは,解答通りの答えを書かないと点数になりませんし。

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しかし,今回,問題文を違う意味に捉えてしまうこともあるというのは,娘が持っている特性だと理解することもできました。

問題文を違う意味に捉えることもある娘。」への2件のフィードバック

  1. 毎日暑い日が続きますね。
    元気に過ごしていますか。(*^_^*)
    興味深く読ませてもらいました。
    クラスで一人、そういった発想ができるというのは娘さんの良い特性なんだなと発達外来の先生のお言葉によってハッとされられました。

    もし私だったら「どうして問題の意味が分からないのだろう」と個性の良さを理解してあげれなかったと思います。

    ADHDの高校生息子との会話や発想のちぐはぐは小学生の頃からありますが、時に面白く 時に理解に苦しみます。
    どうしてそういった考えや行動をするのかを、
    まずは受け入れる心を忘れてはならないなと思います。

    これからもブログを拝読させて下さいね。(*^o^*)

  2. 3人兄妹のお母さん さん,こんばんは。

    いつも当ブログを読んでいただき,ありがとうございます。

    コメントの「時に面白く時に理解に苦しみます」という部分は,ものすごく共感できます。
    ほんとにそうですよね。物事を考える際に,私では思いつかないような発想が娘からうまれてくることもあります。最近でいえば,読書感想文を書く際に,その本において心に残ったところが私とは異なったところです。「そんなところに気がついたの?」と,違った視点で捉えることができた娘に感心しました。

    かと思えば,娘の場合,学習においてその特性が強く発揮すると,こちらが理解に苦しむことが多くなったりします。友達関係においても,「どうしてそんな風に思うの?」という出来事もあったりします。

    しかし,3人兄妹のお母さん さんの息子さんの特性も,私の娘の特性も,長所でもあるんですよね。だから,私も,娘のその特性を長所として認めることができるように,少しずつ意識を変えていく必要があると思いました。

    こちらこそ,今後ともよろしくお願いします。

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